浅草橋。この街にKitchen Beeの拠点を決めてから1年が経とうとしています。
気付くと浅草橋は勢いを増して変化をしている感を受けます。

私はこの浅草橋にはご縁があって、昔は”国際第二電電”と呼ばれていた某国際電話会社に勤めておりました。
その会社の本社が浅草橋にあったのです。

その頃は、浅草橋といえば「問屋街」というイメージがかなり強かったと思います。
人形問屋・バック問屋・アクセサリー問屋・衣料品問屋・靴問屋・傘問屋など、いろんな種類の問屋さんがあり、年に2回問屋さんのバーゲンがあるので、会社帰りや昼休みに買い物に行って「問屋さんで普段から安いのに、さらにバーゲンなんて、なんて暮らしやすい場所なんだろう」と思った記憶があります。
その後、会社は外資系の通信会社に買収されたり日本の通信会社にさらに買収されたりして、浅草橋を離れお台場や汐留に移っていきました。

再びこの浅草橋で働くようになって、ずいぶん問屋さんが減ったなぁと感じました。
それでもあちらこちらにまだ頑張っている問屋さんがいらっしゃいます。

しかし、この春。キッチンがあるビルのオーナーさんが替わりました。衣料品問屋さんだったオーナーさんから別のオーナーさんへ。
衣料品問屋さんだったオーナーさんは、商売の特にキッチンのような小さな商いがいかに大変かをご存知だったのでしょう。
何かと気にかけてくださって、業務用の廃棄物の処理や1階のドアの施錠・開閉などとてもたくさんご協力いただき、顔を合わせるたびに「お料理教室がスタートしたら、ぜひ教えてくださいね。夫婦そろっての食いしん坊なので参加したんだよね」など、励ましてくださいました。

一抹の寂しさを覚えていた夏に、斜向かいのビルの取り壊し作業が始まりました。
衣料品問屋だったビルオーナーさんが、ビルを売却されたのです。今はビジネスホテルを建てるための工事が行われています。

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そして、昨日。
向かいの輸入雑貨問屋さんが引っ越して行かれました。
1週間ぐらい前に、ネオンが取り外されていたのです。
このネオンがちょっとアンティークで、そしてキッチンの窓からよく見えて、キッチンまでもがおしゃれに感じられたので、私はお気に入りでした。

輸入雑貨問屋さんが引っ越された後は何になるのでしょうか?
少しビルが古いので、おそらく取り壊されるのではないかなと思っています。

どんどんスクラップアンドビルドが進んでいる浅草橋。
このKitchen Beeはそれでも、ずーっとずっとこの浅草橋で、笑顔を提供し続けていけるよう頑張ろうと改めて思いました。