発酵食というと、最近はどうしても「健康によいもの」として語られることが多くなりました。
腸活。
免疫力。
菌活。
善玉菌。
腸内環境。
もちろん、それも発酵食の魅力のひとつです。
味噌、ぬか漬け、キムチ、甘酒、塩麹、醤油麹など、昔から日本の食卓にある発酵食は、日々の食事を支えてきました。
でも、発酵食を作る理由が「健康のため」だけだと、少しつまらないなと思うのです。
発酵食には、もっと暮らしに近い楽しさがあります。
作る時間そのものが楽しい。
季節を感じられる。
誰かに食べてもらいたくなる。
冷蔵庫にあると安心する。
自分の暮らしに、ちゃんと手をかけている感じがする。
発酵食を作る魅力は、栄養や効能だけでは語りきれません。
発酵食は、作る時間が楽しい
発酵食作りは、効率だけで考えると、少し遠回りです。
味噌は買えばすぐに使えます。
キムチも、ぬか漬けも、塩麹も、スーパーに行けば手に入ります。
忙しい毎日の中で、わざわざ自分で作らなくても、困ることはありません。
それでも、あえて作ってみる。
大豆をつぶす。
麹と塩を混ぜる。
野菜を切る。
手で混ぜる。
瓶や容器に詰める。
ひとつひとつの作業は、特別なことではありません。
けれども、材料に触れていると、だんだん気持ちが台所のほうに戻ってきます。
いつも頭の中でぐるぐる考えていることが、手を動かしているうちに少し静かになる。
発酵食作りの時間には、そんな良さがあります。
完成品を買うのとは違って、作る途中にしか味わえない楽しさがあるのです。
季節を感じられる
発酵食や保存食は、季節ととても仲がよい食べものです。
寒い時期には味噌を仕込む。
春には山菜や春野菜を楽しむ。
初夏には梅仕事やらっきょう仕事が始まる。
夏にはぬか漬けがおいしくなる。
秋にはキムチや保存食を仕込む。
冬にはじっくり熟成させた味を楽しむ。
一年中、なんでも買える時代ですが、発酵食を作っていると、素材の旬に敏感になります。
「あ、もう梅が出てきた」
「実山椒は今のうちに買わないと」
「そろそろ味噌を仕込む季節だな」
「暑くなってきたから、ぬか床の様子を見てあげないと」
そんなふうに、台所から季節を感じるようになります。
カレンダーを見るよりも、スーパーの売り場を見るほうが、季節がよくわかることがあります。
発酵食を作ることは、季節の流れを暮らしの中に取り戻すことでもあるのだと思います。
誰かに食べてもらいたくなる
自分で作った発酵食は、なぜか誰かに食べてもらいたくなります。
「これ、今年仕込んだ味噌なの」
「このキムチ、自分で作ったんです」
「この梅シロップ、去年漬けたものです」
「この山椒の醤油漬け、冷奴にのせるとおいしいですよ」
そう言いたくなる。
それは、ただ料理を出すというより、自分の時間や季節を少し分けるような感じに近いかもしれません。
もちろん、発酵食作りは自分のためでもあります。
でも、誰かに食べてもらったときに、
「おいしい」
と言ってもらえるとうれしい。
特別なごちそうでなくても、手作りの味噌で作った味噌汁や、自分で漬けたぬか漬けが食卓にあるだけで、会話が生まれることがあります。
発酵食は、食べものですが、人と人の間に置くと、ちょっとしたコミュニケーションにもなります。
冷蔵庫にあると安心する
冷蔵庫に、味噌がある。
ぬか漬けがある。
キムチがある。
塩麹や醤油麹がある。
梅シロップや山椒の保存食がある。
それだけで、少し安心します。
忙しくて買い物に行けなかった日。
献立を考える気力がない日。
なんとなく食欲がない日。
そんなときでも、発酵食があると、なんとか食卓が整います。
ごはんと味噌汁。
冷奴に醤油麹。
焼いた肉や魚に塩麹。
野菜にキムチやぬか漬け。
炭酸水で割った梅シロップ。
大げさな料理をしなくても、発酵食がひとつあるだけで、食卓に味の芯ができます。
これは、健康効果とはまた別の安心感です。
「家にこれがあるから大丈夫」
と思えるものが冷蔵庫にある。
それは、毎日の暮らしの小さな支えになります。
自分の暮らしに手をかけている感じがする
発酵食作りの魅力は、完成品だけではありません。
作る時間。
待つ時間。
様子を見る時間。
手入れする時間。
食べる時間。
その全部が、暮らしの中に入ってきます。
味噌なら、仕込んでから何ヶ月も待ちます。
ぬか床なら、日々様子を見ながら育てます。
梅シロップなら、砂糖が溶けていく様子を眺めます。
キムチなら、時間が経つにつれて味が変わっていきます。
発酵食は、作って終わりではありません。
その後も、少しずつ関わり続けます。
それが面倒に感じることもあります。
でも、その面倒の中に、
「自分の暮らしに手をかけている」
という実感があります。
忙しい毎日の中で、自分のために何かを仕込む。
数日後、数ヶ月後の自分のために、少し手を動かす。
家族や誰かに食べてもらうために、味を育てる。
それは、派手ではないけれど、とても豊かな時間です。
健康のためだけだと、続かないこともある
健康によいから、発酵食を食べなければ。
腸にいいから、毎日続けなければ。
そう思いすぎると、発酵食が少し義務のようになってしまうことがあります。
もちろん、体によいものを食べることは大切です。
でも、発酵食は「食べなければいけないもの」ではなく、「食べるとうれしいもの」であってほしいと思います。
おいしいから食べる。
作るのが楽しいから作る。
季節を感じられるから仕込む。
冷蔵庫にあると安心するから続ける。
誰かに食べてもらいたいから、また作る。
その結果として、体にもよい影響がある。
それくらいの順番が、ちょうどよいのではないでしょうか。
健康のためだけではなく、暮らしが少し楽しくなるから。
そのほうが、発酵食は長く続きます。
発酵食は、暮らしを少し楽しくするもの
発酵食は、特別な人だけのものではありません。
料理が得意な人だけが作るものでもありません。
昔ながらの丁寧な暮らしをしている人だけのものでもありません。
忙しい人にも、料理が苦手な人にも、少しずつ取り入れることができます。
最初からたくさん作らなくても大丈夫です。
味噌汁を作る。
塩麹を使って肉や魚を焼く。
キムチを料理に加える。
梅シロップを飲み物やたれに使う。
ぬか漬けを一品添える。
そんな小さなことからで十分です。
発酵食があると、食卓に少し奥行きが出ます。
味に深みが出るだけでなく、作ったときのことや、仕込んだ季節のことも一緒に思い出します。
それは、ただの調味料やおかず以上のものです。
発酵食を作る理由は、健康だけじゃない
発酵食は、たしかに体にうれしい食べものです。
でも、それだけではありません。
作る時間が楽しい。
季節を感じられる。
誰かに食べてもらいたくなる。
冷蔵庫にあると安心する。
自分の暮らしに手をかけている感じがする。
発酵食を作る理由は、健康だけじゃない。
むしろ、その周りにある小さな楽しさこそが、発酵食を続けたくなる理由なのだと思います。
「体にいいから作る」だけではなく、
「なんだか楽しいから作る」
「おいしいから作る」
「あると安心するから作る」
「自分の暮らしが少し豊かになるから作る」
そんなふうに発酵食と付き合えたら、毎日の食卓はもっと楽しくなります。
あみだす発酵アカデミーでは、発酵食の作り方だけでなく、作ったものを日々のごはんにどう使うか、その楽しみ方も大切にしています。
発酵食を、健康のためだけで終わらせず、暮らしの楽しみとして味わってみませんか。
