味噌を一度仕込むと、なぜかまた来年も仕込みたくなる。
キムチを作ると、市販品もおいしいけれど、やっぱり自分で作ったキムチが恋しくなる。
梅仕事をすると、翌年の梅の季節が近づいたころから、スーパーの売り場が気になり始める。
発酵食作りには、不思議な力があります。
最初は、
「一度作ってみたい」
「体によさそう」
「市販品よりおいしいのかな」
くらいの気持ちで始めたはずなのに、気づけば季節がめぐるたびに、
「そろそろ仕込む時期だな」
と思うようになります。
なぜ、発酵食作りはまた作りたくなるのでしょうか。
発酵食作りは、季節の行事になる
味噌は寒い時期に仕込む。
梅は初夏に出回る。
きゅうりやなすがおいしくなる頃には、ぬか漬けが食べたくなる。
白菜が甘くなる季節には、キムチを仕込みたくなる。
発酵食や保存食は、季節と深くつながっています。
一度作ると、カレンダーを見るより先に、体のほうが季節を覚えていくようになります。
スーパーで青梅を見かけると、
「あ、今年も梅の季節が来た」
と思う。
白菜がずっしり重くなってくると、
「そろそろキムチを作りたいな」
と思う。
冬の空気が冷たくなってくると、
「味噌を仕込む時期だな」
と思う。
発酵食作りは、単なる料理ではなく、暮らしの中の季節行事になっていきます。
毎年同じ時期に、同じようで少し違う手仕事をする。
そのくり返しが、だんだん楽しみになってくるのです。
自分の味が育っていく
発酵食は、作ったその日に完成するものばかりではありません。
味噌は、仕込んでから何ヶ月もかけて熟成します。
梅シロップは、梅のエキスが少しずつ出て、砂糖が溶けていきます。
キムチは、日ごとに味が変わり、浅い味から酸味のある深い味へと変化します。
ぬか床は、野菜を漬けるたびに、その家の味に育っていきます。
発酵食は、作って終わりではなく、作ったあとに育っていくものです。
最初はレシピ通りに作っていたものも、何度か作るうちに、
「うちは少し甘めが好き」
「辛さはこのくらいがちょうどいい」
「このくらい熟成した味が好み」
「この野菜を漬けるとおいしい」
という感覚ができてきます。
それは、誰かに決められた正解の味ではなく、自分の暮らしの中で育っていく味です。
発酵食作りを続けたくなるのは、この「自分の味が育っていく感じ」があるからかもしれません。
待つ時間も楽しみになる
今は、欲しいものがすぐ手に入る時代です。
食べたいものは買えばいい。
調べたいことは検索すればいい。
すぐに結果が出ることに慣れています。
でも、発酵食はそうはいきません。
味噌は、仕込んですぐには食べられません。
梅シロップも、梅からエキスが出るまで時間がかかります。
キムチも、作った直後と数日後では味が変わります。
ぬか床も、すぐに理想の味になるわけではありません。
発酵食作りには、待つ時間があります。
最初は、その待つ時間がもどかしく感じるかもしれません。
でも、慣れてくると、その時間も楽しみになります。
瓶の中をのぞく。
香りを確かめる。
色の変化を見る。
味がどう育っているか想像する。
すぐに完成しないからこそ、楽しみが長く続きます。
「まだかな」と思いながら待つ時間も、発酵食作りの一部なのです。
誰かに食べてもらいたくなる
自分で作った発酵食は、なぜか誰かに食べてもらいたくなります。
「今年の味噌で作ったお味噌汁です」
「このキムチ、自分で漬けたんです」
「梅シロップ、炭酸で割るとおいしいですよ」
「この山椒の醤油漬け、冷奴にのせると合うんです」
そんなふうに、少し話したくなります。
発酵食は、ただの食べものなのですが、そこには自分が手を動かした時間や、待った時間が入っています。
だから、誰かに食べてもらうときも、ただ料理を出すだけではなく、
「これを作った時間も一緒に差し出している」
ような感じがあります。
食べてもらって、
「おいしい」
と言われると、やっぱりうれしい。
そのうれしさが、また作りたくなる気持ちにつながります。
発酵食は、家の中で育つものですが、人と人の間にも小さな会話を生んでくれるものです。
去年との違いを感じられる
発酵食を毎年作っていると、去年との違いが見えてきます。
去年の味噌は少し色が濃かった。
今年の梅は香りがよかった。
前回のキムチは少し辛めだった。
今年のぬか床は、夏の暑さで発酵が早かった。
同じものを作っているようで、毎年まったく同じにはなりません。
材料も違う。
気温も違う。
自分の暮らしの状態も違う。
忙しい年もあれば、ゆっくり仕込める年もあります。
発酵食には、その年の空気が少し入ります。
だから、去年と比べることも楽しみになります。
「今年はこんな味になったね」
「去年よりまろやかだね」
「今回は少し酸味が強いね」
そんな違いを感じられるのは、毎年作っているからこそです。
発酵食作りは、味の記録であり、暮らしの記録でもあるのかもしれません。
市販品だけでは物足りなくなる理由
もちろん、市販の味噌もキムチも梅干しも、とてもおいしいものがたくさんあります。
忙しいときには、本当に助かります。
でも、一度自分で作ったものを食べると、市販品とは違う愛着が生まれます。
きれいに整った味ではないかもしれません。
毎回同じ味ではないかもしれません。
でも、
「自分で仕込んだ」
ということが、味の一部になります。
少し不格好でも、少し酸っぱくなっても、少し味が強くなっても、
「これはうちの味」
と思える。
市販品のような完成度とは別のところに、手作りの発酵食のおいしさがあります。
だから、また作りたくなるのだと思います。
発酵食作りは、自分の暮らしに戻ってくる時間
発酵食を作る時間は、特別なようでいて、とても日常的です。
材料を洗う。
切る。
混ぜる。
詰める。
様子を見る。
味をみる。
どれも派手な作業ではありません。
でも、その時間は、少しだけ自分の暮らしに意識を向ける時間になります。
忙しくしていると、食べることも、料理することも、つい流れ作業になってしまいます。
でも、発酵食を仕込むときは、材料の香りや手触り、季節の空気に少し立ち止まります。
「今年もこの季節が来たな」
「これが数ヶ月後にはどう変わるかな」
「どんな料理に使おうかな」
そう考える時間は、日々の中の小さな楽しみです。
発酵食作りは、健康のためだけでも、料理上手になるためだけでもありません。
自分の暮らしに、少し手をかける時間なのだと思います。
一度作ると、また作りたくなる
発酵食作りがまた作りたくなるのは、単においしいからだけではありません。
季節の行事になるから。
自分の味が育っていくから。
待つ時間が楽しいから。
誰かに食べてもらいたくなるから。
去年との違いを感じられるから。
そして、作るたびに、自分の暮らしの中に小さな楽しみが増えていくからです。
味噌を仕込む。
キムチを漬ける。
梅仕事をする。
ぬか床を育てる。
最初は一度きりのつもりでも、季節がめぐると、また作りたくなる。
発酵食作りには、そんな不思議な魅力があります。
今年作ったものが、来年の自分をまた台所へ呼び戻してくれる。
それが、発酵食作りが続いていく理由なのかもしれません。
